ふともも展とかについて思ったことつらつら

はじめに

この文はあくまで私個人の凝り固まって偏った一意見です。モヤつきを理路整然とさせるために文章化したただのつぶやきです。でも、おんなじ考えの人いるかな~という気持ちもなくはないです。



ふとももの世界展、このフレーズをはじめて目にしたのはバイト終わり駅のホームで開いたTwitterトレンドで、でした。

ふとももの世界か~面白そうな展示!文字だけで受けた印象ではそう思いました。老若男女、自分のふとももが好きな人嫌いな人いろんな人のふとももが見れるのかな。でも中止なんだ?そう思ってとりあえずページを開いた私は愕然としました。


若い女のふとももしかねえぞ


素直にビビりました。

初見で世界のふともも展、に空目していたのも一因かもしれません。とりあえず開催概要が知りたくて急いで公式HPに飛びました。


"フェティシズムの追求からアートへと昇華した「ふともも写真の世界展」は、性別や嗜好を超えて楽しめる内容になっており"(公式HPから引用)

http://tgs.jp.net/event/girlsart2


マジで何言ってんだ?


次々と疑問が湧き起こりました。

アートか?これ?

性別や嗜好、超えてるか?


ぶっちゃけ、開催者が主張したいだけのただの個人的な性癖なんじゃねえのか…?!


アートとは何か、これはとてつもなく難しい話です。自分は一応美大生やってるのですが、それでも"良くも悪くも自分の理解を超えた作品"という意味でで使われがちなほうの"アート"は全く理解できません。この辺りは美大生じゃない人と同じラインにいると思います。

(だって絵の具ぶちまけただけのキャンバス見せられてもわかんねえよ)

その辺はちょっと前に話題になった 絵の価値はどうつくの!というブログがとてもよかったのでそれ見て。めっちゃおもろい

http://kindaipicks.com/article/001375


話が逸れました。

自分がひっかかったところは 

フェティシズムを超えてアートと化したこの展示は性別や嗜好を超えて楽しめる!

と書かれている点です。


嗜好、超えてないじゃん

男性の身体を好む人の立場は?赤ちゃんが好き、小さい子どもの身体が好き(これはもっと問題になりかねませんが…)もっとお年を召した方の身体が好き、そういう人たちは?これらは紛れもなく様々ある嗜好のうちの数少ない例です。これだけ大きく出ておきながら、結局若い女性の身体が好きな層しかフォローできてません。物の見え方の狭さが露呈してて残念すぎやしませんかね。


これ、ほんとにほんとの本心なのか?

何でもかんでもつっかかっていくタチの自分はここも気になってしまって仕方ありません。

ぶっちゃけ若い女のふとももだけ飾って眺めてなんて企画は、わっかりやすい若い女の消費がプンプン臭って存在だけでモヤつきます。染み付いた女性をモノ扱いしてる根底の意識が見え透いてる気がする。ハッキリ言って嫌悪感しかありません。


それでも、開催者さんが持つであろうふとももについての愛をなぜアートだの性別や嗜好を超えて楽しめるだの、ボカシをかけて提示したんだよ。


「自分は若い女性のふとももが大好きで、表現したくて、同士とこの気持ちを分かち合いたくて、行き着いたかたちがこの写真展でした」

なぜこう言わなかった?


性欲から生まれる表現は必ずしも悪いものではありません。しかしたとえこう言っていたとしても、私はこの展示に対してなんらかの批判的な意見を持っていたことは間違いありません。素直に気持ちが悪いです。女性をモノ扱いするな。でも、この人が表現したくて仕方がなかったことをやり遂げたんだな、そう認めることはできます。

好きなことを極めている人が大好きなんです。たとえ、その人の好きなものが私の嫌いなものだとしても。


ここで、中止発表当時に話題になった「ふともも展中止は当然。だって男性の鎖骨展だって嫌でしょ(意訳)」という旨のツイートについて触れようと思ったのですが、どうやらツイ消しされていたようです。


このツイートへの反応でツイート主様の意見に反して「いいじゃん!男性の鎖骨展!」という意見が多かったことで話題になったようですが…。鎖骨展についてはとりあえず性別問わず対象にしろよという話はさておき。


鎖骨って…痴漢例あるのかなあ…

もし鎖骨を勝手に触られて嫌な気持ちを感じた方がいらっしゃいましたら本当に申し訳ありません。

Googleで「鎖骨 痴漢」「ふともも 痴漢」それぞれ検索してみました。

トップに痴漢モノAVと小説が出てきて半泣きになりましたが、鎖骨を痴漢されたという意見はなかなか見当たりませんでした。それに反してふともも痴漢に関しては体験談がいくつも見当たりました。悲しい。


何が言いたいかっていうと、痴漢という名の性暴力にさらされることが多いわけですよ、おしりとかふとももとか下半身は。


駅や街角に痴漢に注意とかいう立て札がある時点で、自分の体が性暴力にあう可能性があることを認知する。あるいは実際に性暴力を受けて確認することになってしまう。

そういうことを経ることで、性暴力の被害に遭う立場の人たち(女性に限らず)は自分のどこが性的にみられてるのか無理やり知識として叩き込まれるわけです。


そして、今回ふとももの世界展の展示対象として扱われたのは若い女性だったわけですが概ね殆どの女性が、自分たちのふとももが性的に見られる可能性があるということを自覚せざるをえない状況にあったのです。

しかも、ただ性的にみられるだけでなく、性暴力とともにその自覚は在るのです。


ふとももやおしりを性的な目でみられることと、そこから性暴力に遭うことが結びついてしまっている時点で、若い女性のふとももを被写体とした写真展など皆が納得し成り立つことはないと私は思います。


同じような意見の方を見かけましたが、もし全く痴漢や性暴力などない世界だったら、この展示は問題になることはなかったのではないのかと思います。肉体美を愛でる行為で済んだのではないかと。


ここまで長々と書き連ねてきましたが、思いを言葉にすることは私が最も苦手とすることなので、他の人に理解できる文になっているのか不安しかありません。まあほぼひとりごとだから自分が納得できればそれでいいのでしょうが。

きっと文が理解できても納得出来ない人だってゴマンといることはよくわかっています。それでも、私の一意見が一つの言論として認められますように。